“Sorry?” in Melbourne

生命科学部 生命医科学科 講師:山下 美朋

メルボルン大学

英語を勉強していた学生時代に長期留学をする夢はかなわず、しかし突然5年前にその機会が訪れました。オーストラリアのメルボルン大学応用言語学修士課程に一年間オトナ(熟年?)留学しました。たまたま留学を思い立ったのが初秋、最短期間で渡るとすれば2月から新学期が始まるオーストラリアがいい、しかも名門メルボルン大学がいいと勝手に思い込んで渡豪しました。

夢と希望に満ちた留学…になるはずが、今から振り返ると、一年間はまさにサバイバルの生活でした。

オージーイングリッシュに悩まされ、論文を山のように読み、ミニ修士論文のような課題と格闘しました。オーストラリア英語は、母音aをエイではなくアイと読み、二重母音もイアをエアと発音するため、例えばコーヒーを買うと必ず聞かれる”(For) Here or (to) go”も“ヘア〜ルゴ?”となって分かりません。

メルボルンには独特のカフェ文化があり、おしゃれなカフェが至る所にあり店員が気軽に話かけてくるのですが、話しかけられるのが怖くて最初は全くくつろげませんでした。授業も専門内容は概略分かるのですが、グループワークとなると地元の学生の英語が分からない・・そんな情けない理解力に輪をかけて毎週山のような宿題と格闘しなければなりませんでした。

1クラス通常2〜3本の論文を読む、つまり5つ授業があれば一週間に200から300ページの量を読んで内容をまとめ、更には課題に解答しなければなりません。小さなリサーチ課題が必ず課せられて、最終週までに実験をして論文にして提出します。図書館に自分のお決まりの席を作ってこの席でこのまま化石になっちゃうんじゃないか、そんな気の遠くなるような時間、勉強しました。

メルボルンのカフェ

私のオトナ留学は「楽し苦しい」勉強中心の日々でしたが、それまで論文でしか知るよしもなかった著名な先生方の授業は素晴らしく、あの時の先生方との出会いが今の自分の研究の方向性を定めたと言っても過言ではありません。世界中から集った優秀な学生と年齢を隔てて一緒に勉強できたのも貴重な経験でした。宿題が大変だったからこそ、クラスメートと勉強会を作って励まし合い、また課題はグループワークが奨励されたのですが、研究(勉強)は1人でするもの、と信じていた私にはグループでこそ出せた良い結果が私の研究への考え方を変えました。

また、留学は良い意味で“自分を再構築”する体験をもたらすと強く思いました。安心できる自分のテリトリーから、全く価値観の違う別のテリトリーに自分をさらけ出す。そこで自分はどう考え、どう動くのか。安住の場所から外に飛び出すことで、それまでの自分を少し壊して、新しい自分を構築していく、そんな体験を余儀なくされるのです。

日本は説明しなくても周りが理解する文化を持っていますが、海外では、特にオーストラリアの多分化社会では、常に自分の考えを口に出して説明する必要がありました。“あなた”はどう考えるのか、と常に問われ、全ての問いは自分に戻ってくる、そんな感覚がありました。若い学生時代の留学であればなおさら、この自分との対峙が人間的な成長をもたらすと思います。

さてオージーイングリッシュは聞き取れるようになったかというと、確かに慣れてはきますが一年そこそこで完全に聞き取れるようになったかというと自信がありません。でも何が身についたかというと、“聞き返す度胸”です。分からなれけば、聞き返せばいい、そして“相手が分かってくれるまでなんとか食い下がらずに話す度胸”です。ちゃんと説明すれば分かってくれると信じて手持ちの英語で話す度胸さえあれば留学時代は楽しくなります。そうして、私は”Sorry?”(オーストラリアでは聞き返すときには”Excuse me?”の代わりに使います。)を繰り返すうちにお気に入りのカフェで1人でもくつろげるようになったのでした。